聞かれることを覚悟していたのか、それとも、ただ単にいつもの無表情のせいなのか、咲夜の表情はあまり変わらない。
希望は、溜め込んでいた思いを吐き出すように、言葉を続ける。
「学校で浮いた存在なのは知ってるよ。でも、なんか、そうじゃなくて、私だって、あんなの見なければ、いまのあんたの言葉だって聞き流してるよ。妖怪とか、おばけとか、そんなのさ。だいたいあのことだって、今まで夢だと思って忘れようとしてたのに、どうして今更思い出させちゃったんだよ。私、自分が、頭おかしくなったんじゃないかって本気で考えちゃったし、だれにも言えないし、すごく悩んで、なかったことにして、そんな話、全部否定したいけど、でも、見ちゃったし、気になっちゃったじゃない。最後まで聞きたくなるじゃない。何にも知らないまま巻き込まれるのなんて一番ごめんだし、それに、それだけじゃなくて、なんで、」
混乱している、と思った。
普段の自分では考えられないような、めちゃくちゃな言葉の羅列。
質問という形式も、すでに成していない。
ほとんど、愚痴か八つ当たりだ。
自分で何を言っているのか、よく分からない。自分でも、もどかしい。
けれど、頭に浮かんだことをきちんと整理して言葉にするまでに、咲夜の気が変わって、何も教えてくれなかったらどうしよう。
なんでもいいから言葉を紡いでいないと、気紛れな猫のように、咲夜が希望に背を向けてしまうような気がした。
そんな焦りが、希望を混乱させていた。
でも、今、この瞬間なら、咲夜は希望のどんな疑問にも答えてくれる。そんな、妙な確信があった。
「なんで、私に秘密を教えたの?」
そう、それ。
一番聞きたかった言葉だ。
本人に自覚があるのかはともかく、学校中で、こんなにも有名でありながら、咲夜が妖怪と関係しているという噂は、いままで一度も聞いたことがなかった。万が一聞いていたら、本気にはしないとしても、そのインパクトの強さで記憶には残っているはずだ。
隠してきたことではないのか、それは。
少なくとも、だれにでも言っていることではないはずだ。
それを、ほとんど初対面の希望にどうしてこんなことを話したのか。
それが、気になった。
「―――――最初の質問」
一呼吸置いて、咲夜が口を開いた。
「俺はなんなのか。一言で言うなら、妖怪、なんだろうな」
他人事のように、咲夜はあっさりと答える。
「存在としては、人間。だが『本質』は、妖怪。人間の『器』に、妖怪の『魂』。どれも正解に限りなく近い。けれど、どれも完全な正解ではない……細かいことは、俺自身よくわからない」
そういえば、新城って家族いないんだっけ。 どういった事情かは知らないが、今は一人暮らしで一戸建てに住んでいて、某大会社の社長が保護者代わりだと聞いたような気がする。
それより前はどこにいたのか、本人もわからないとは…だいぶ複雑なようだ。
「つーかあの新城咲夜が妖怪だなんて知ったら何人のファンクラブ会員が泣くんだろ。いやいやそんなことじゃくじけないか?もしかして」
「なにをぶつぶつ言ってるんだ?」
ため息をつかれて、べつに、と答える。
むしろ、妖怪だ、といわれてなんだか納得してしまう自分が不思議だった。『あんなもの』を見てしまったせいだろうか。相手が新城咲夜だからだろうか。
「もう一つ、最後の質問だな。どうしてこんな話を、ほとんど初対面のあんたにしたか」
咲夜が、なんでもないことのように続けた。
「そう。普通ならしないさ。実際最初は黙っていようとも考えていた。だからこの数日は様子をみていたんだ。だが少し状況が変わってきてな・・・・・・・それもあるが、あれを追いかけている俺たちが見つかることなんて、普通ならありえないんだ」
「どうして?」
「さっきも言ったが、妖怪は、幽霊と違って、霊感があっても見えるものじゃない。つまり、人間には見えない。だから、はっきりいってどうしてあんたにあれが見えたかわからないんだ」
「え」
さらりと言った咲夜の一言に、希望の思考が停止した。
「―――――いま、なんか救いようのないようなこと言わなかった?」
「そうか?」
「待って待って待って?まさか、私があんたと同類とか言わないよね?」
「ああ、それを心配してたのか」
なんだ、と興味なさそうに、咲夜が腕を組みなおした。
「それはない。」
あっさりと、否定する。
が。
「可能性があるとするなら、あんたが妖怪そのものなのではなく、妖怪かなにかに憑かれている、ということか」
またもあっさりと、聞き捨てならないことを言う。
「ちょっと待たんかい!」
「ん?」
希望が咲夜の腕を掴んだところで、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
「あ、五時間目始まるぞ」
当たり前のように言って、階段を降りかけ、そうだ、と振り返って、
「聞きたいこと、まだあったら、放課後三年八組に来れば教えてやるよ」
無表情に言って、さっさと降りていく。
取り残された希望が、血の気のうせた蒼白な顔で。
「今教えろ―――――ッ!!」
「希望ぃ!新城先輩となんの話してたのー?」
教室に入るなり、友人の千家りょくが声をかけてきた。
黒板には大きく『自習』と書かれていて、他のクラスメイトが、遠巻きに聞き耳を立てているのがわかる。
希望は突然のことに、う、と言葉を詰まらせた。
「追いかけようとする皆を止めたのはあたしなんだから、教えてくれてもいいよねー?希望?」
薄い色の長い髪のお下げをいじりながら、ちら、と睫毛の長い瞳でこちらを見る。
うううー、と希望がうなったとき、
「何?さっきの新城先輩の話かよ?」
もう一人の友人が、そう声をかけてきた。
「た〜け〜ひ〜こ〜ぉ!!」
咲夜に希望の所属を伝えた張本人、幼なじみの姫路武彦だった。
つかみ掛かってきた希望に、げ、と言って一歩後ずさる。
「なんで私のクラス教えてんの!?」
「なんだよ、まずかったのか?だって聞かれて教えられない理由もないし」
「まずいってゆーか、私が学校中の女子生徒の恨みを買うことぐらい目に見えてるじゃないか!」
「あー・・・・・たしかに、そうかも」
「そうかもじゃない!!そのせいで私は―――――」
「私は、どうしたの?」
りょくが、好奇心に満ちた声で割り込んだ。
途端、黙り込む希望。
「・・・なんで黙るのよ?」
面白くなさそうに言うりょくに、希望はさっきの咲夜の話を言っていいものどうか思案する。
あの男がいちいち希望のすることにつっかかるとは思えないが・・・・・・というかそんな繊細さを持ち合わせているとは思えないが、一応、プライバシーに関わる内容が含まれるのだ。
その沈黙を、友人たちは別の意味に取ったらしい。
「希望・・・・・あの新城先輩がまさかとは思うがお前に告白―――――」
「んなわけあるか!」
深刻な顔で恐る恐る聞く武彦の言葉を、言い終わるより先に一蹴する。
「希望ぃ、あたしたちにも教えてくれないの?」
残念そうなりょくに、希望は少し考えたあとで、申し訳なさそうに頷く。
「ごめん、ちょっと、新城センパイに聞いてみないと」
言えないんだ、と言って俯くと、りょくと武彦が同時にため息をついた。
「しょーがないなー。じゃあ今度の土曜にマックおごることで許してあげる!」
「あ、俺も!」
「武彦は自業自得でしょ?」
「うわ、ひでぇ」
楽しそうな二人の会話を聞いていると、さっきの咲夜との非現実的な会話が嘘のように思えてほっとする。
これだよ、私の日常。
「なににこにこしてんの?希望」
不機嫌そうなりょくの声で、自分が笑っていたことに気付く。
「いやいやー。二人が私の友達でよかったなーって」
「なに言ってんの。さっきまで武彦に腹立ててたじゃない」
あはは、と笑って希望が席についたとき。
がら、と教室の扉が開いて、自習監督のための、補強の教師が入ってきた。
なんにしても、もう巻き込まれてしまったことだ。
放課後、また咲夜に会いに行かなければならないことに、希望はため息をついた。
第2話