十年近く前の夏。

 都内の山中に、それまで伝説とされてきた《竜》が墜落した。

 体長は約十五メートル。

 白銀に輝く全身と、巨大な五本爪のある、四本の足。

 大きな牙と、水晶のような、美しい二本の角。

 少々小柄ではあるが、西洋絵画に描かれる《ドラゴン》そのものの姿だったのだと言われる。

 ただし、背にあるはずの一対の翼は右側がなく、左のみの片翼で、あまりに不自然であり、さらにその《竜》はすでに息がなかったのだとか。

 《竜》の死骸はいつのまにかどこかに持ち去られ、噂では、日本政府が秘密裏に所有しているとか、世界中から競りがかけられているとか。本当の話はどうなのかは、誰にもわからない。

そのころからだ。

夕方、暗くなるころの、学校の帰り道。

誰もいない、放課後の教室。

そんな場所で、不思議な動物や、人間のような影を、当たり前に見かけるような世界になった。

それらはすべてひっくるめて《竜》と呼ばれ、魂だけの存在とされた。

それに比例して、たかが十年前までは胡散臭いといわれていた「拝み屋」や「エクソシスト」や「陰陽師」などが、《竜殺し》、ドラゴンスレイヤーと名乗って、あたりまえに職業として、姿を現し始めたのは。実際は『殺す』のではなく、《魔導書(グレイプニル)》と呼ばれる本に封印するのだと言うのだが。

特に、あの日《竜》が墜落したという、この東京近郊で。

いまや、就職雑誌や進路調査などにもその名称が上げられている。

「まさか、サユキに限ってそんなの、ないって」

明るく笑って、ひらひらと手を振る。

「じゃ、サユキ見つけたら連絡するから、待っててね!」

頷いたカオリに手を振って、ミカは走って教室を出た。

あのサユキが、友達にそんなぞんざいな態度をとるなんて………!

何度考えても納得がいかなかった。

そうなると、考えられる可能性は………。

「まさか…ね」


「サユキ、帰ってる?」

 部屋に着くなり、ミカはそう呼びかけた。

 様子がおかしかろうが、機嫌が悪かろうが、いっそ何かに取り憑かれていようが、そこにいてさえくれればどうにでもできた。

しかし。

室内は無人で、部屋の様子も、今朝学校に出たときのまま。

サユキが一度でもここに戻った様子はなかった。

ため息をついて、ミカは鞄を、自分の机の上に放り出す。

そのとき、ミカの机の上に乗っていたらしい小さな紙片が、ひらりと舞い落ちた。

メモ…?

こんなものを置いた覚えはない。

もしかしたら、サユキが出かけに置いたのだろうか。

部屋も学校も同じなんだから、いつだって伝いたいことがあるなら伝えられる。 今の世の中、携帯だってある。


紙になんて書く必要ないのに。

不思議に思いながらそれを拾うと。

お手本のような、綺麗な字で、一言。

『神殺しの大樹を探して』

そう、書いてあった。

間違いなく、サユキの字だ。

それにしても。

「…神殺しの、大樹………?」

声に出してみる。

なんのなぞなぞだろう。

全然分からない。

悩んだ末に、サユキの机に乗っていたノートパソコンを起動させる。

このパソコンは寮の一部屋に一台ずつ与えられているものなので、ミカとサユキのどちらが使っても問題はないのだ。

インターネットで、検索をかける。



『神殺しの大樹』



思わず、ギクリとする。

一件だけ、ヒットした。

カーソルを合わせてクリックすると、メールソフトが起動する。

なにを、送信したらいいの………?

本当に、サユキはこのことを言いたかったのだろうか。

そもそもどこに繋がっているかもわからない。

それでも、この一件しか手がかりなんてない…。

イチイ サユキ

片仮名で、一言だけ。

これで何をどうしてくれるのかわからないけれど。

ミカは、送信ボタンを押した。



放心状態のまま、二分ほど経って、『メール受信』の表示があることに気づく。

まさか。

いくらなんでも早すぎる。

半信半疑で、受信画面を開く。

送信者名が、空欄。

件名に、『イチイ サユキ さま』。

驚いて、画面を開く。

そこには、短くこう書いてあった。



『本日、午後六時に以下の場所においでください』

文字の下に、地図が添付されていた。

翡翠が丘高校前下車。

徒歩五分。

そう記入してある。

翡翠が丘高校は、この寮からはそれほど離れていない。

バスを使えば二十分ほど。

慌てて腕時計を見た。

五時二十四分。

急げば間に合う。

ミカは、制服のまま、さっき置いたばかりの鞄を掴んで、部屋を飛び出した。


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