まさか、飛び降りたの!?
驚いて、思わず窓に駆け寄る。
少しだけ突き出たベランダの下には、レンガで囲った花壇があって、季節ごとに花が植えられるが、十二月に入ったいまは、ポインセチアが綺麗に植えられている。
そこには、人影はおろか、足跡すらも残されていない。
この場所は校舎の敷地内でももっとも西側で、その先に建物はなく、花壇の先は、ほんの数メートルで壁にぶち当たる。
何よりここは三階だ。
ミカは、狐につままれたような気分で、呆然と立ち尽くした。
「ミカちゃん、サユキちゃん見なかった?」
図書室から戻り、帰り支度をするために教室に入ると同時に、クラスメイトの中沢香が、そう声をかけてきた。
カオリはいかにも大人しそうな顔立ちの小柄な少女で、肩にかかる長さの髪を、右側に寄せて一つに束ねている。
「サユキ?ううん、図書室に行ってきたんだけど、ここにくるまでには会わなかったよ?」
サユキ。
市井紗雪。
ミカと、もっとも仲のいいクラスメイトで、寮の部屋も一緒だ。
人形のように可愛らしい、それでいてしっかりした少女で、長い、まっすぐな黒髪をいつもツーテイルにしている。
成績優秀、容姿端麗に加えて運動神経もなかなかのもの。それでいて、距離を感じさせないようなおっとりとしたところがあり、男女共に好かれるような少女だ。
ミカの返事を聞いたカオリは、そう、と呟いて俯く。
その姿に疑問を抱き、ミカは少しばかり不安がよぎる。
「………どうかしたの?」
そう促すと、カオリは少し迷ってから、切り出した。
「サユキちゃん、少し変だったの。今朝は、今日の放課後、私に勉強を教えてくれるって言ってたんだけど…放課後になって、サユキちゃん、お願いね、っていったら」
『今日は、それどころじゃないなぁ…』
「………それ、サユキが言ったの?」
ミカが思わず確認する。
カオリは、困ったように頷いた。
サユキがそんな言葉をいうところなど、想像できない。
例えば用事が出来て断るにしても、
『ごめんね、今日は大切な用事ができちゃったの。明日でもよかったら、必ず埋め合わせするから』
そんなふうに、謝罪を含めてやんわりと断るだろう。
口調だって、いつものサユキとは違う。
「私、びっくりしちゃって。その間に、さっさと帰っちゃったの。なにか気に障るようなことしちゃったのかな…」
聞けば聞くほど、普段のサユキとは結びつかない。
ミカは、連絡を取ろうと、携帯電話を取り出す。
リダイヤル機能で一番初めに出てきたサユキの番号をみつけ、通話ボタンを押した。
『………お掛けになった電話は、電波の届かない所にあるか――――…』
「…圏外みたい。私、寮に行ってみるね。一緒に行ってみる?」
ミカの言葉に、カオリは申し訳なさそうに首を横に振る。
「私、図書館行かないと…今日まで借りてる本があるの。サユキちゃん、心配だから、ミカちゃん先に行ってあげて」
「そっか…じゃ、先に行くからね。カオリ、勉強、私でよかったら明日にでも一緒にやろう?土曜日だし」
言いながら、ミカは急いで帰り支度を整える。
慌しい様子のミカに戸惑うような表情を浮かべて、恐る恐るといった感じで、カオリが口にする。
「まさか、サユキちゃんなにかに・・・・・・『憑かれ』てるんじゃ、ないよね…?」