真昼の月







『確かな存在感で、はっきりとそこに存在してるのに、誰も気付かない、なんて、彼らってまるで、真昼の月みたいだと思わないか?』

 

 いつだったか彼が言った一言は、ひどく単純で。

 そして、とても確かな事実だと、思った。

ぼんやりと、していた。

 見るともなしに、眼下に広がる景色を見ていた。

 腰掛けたガードレールごしに、公園が見えた。

 大きな噴水と、流れる川があって、緑が多く、広い。

 夏休みの真っただなか。

 野球をする小学生の群れが、大声でなにか叫んでいる。

 親子連れで、水遊びをしている人たちもいる。

 なんの変哲もない、夏休みの風景がそこに広がっていた。

 強烈な太陽が、じりじりとアスファルトを焦がしている。

「なにしてるの?」

突然、声をかけられて、驚いて声のした後方を見た。

 中学生くらいの少年が、不思議そうにこちらの顔を覗き込んでいた。

 好奇心旺盛といった感じの、黒目がちの大きな目が、子犬のように見開かれている。

「家に、帰らないの?」

 ガードレールを飛び越えて、少年は隣に腰掛けた。

 足を直角に曲げて、ぶらぶらと遊ばせながら、なおも話しかけてくる。

「・・・・・帰れないの」

簡潔に、答えた。

その答えに納得したかどうかはわからないが、少年は少し首をかしげている。

「いつからここにいるの?」

 首を横に振った。

「さぁ、ついさっきからのような気もするし、ずっとまえからここにいるような気もするな」

 あいまいに答える。

けれど、本当のことだ。

「・・・・・そっか」

 少年はそういって、目を逸らした。

 公園のほうへ、遠くを見るような視線を送る。

 いつの間にか、太陽が傾き始めてからだいぶ時間が過ぎていた。

「―――――後悔してるの?」

突然、少年が言った。

 その言葉に少し驚いて、顔を上げた。

「・・・・・・・そりゃね」

 微笑んだつもりだったが、うまくいかずに苦笑いになっただろう。

「帰りたい?」

「・・・・・うん」

「じゃぁ」

 少年が言った。

「そこから解いてあげるから、早く帰るんだよ?」

 驚いて、目を瞠った。

「・・・・・できるの?」

 その問いかけに、少年は満面の笑みを浮かべた。

 ガードレールから立ち上がると、何かをぶつぶつと呟きながら、右手の中指と人差し指だけを立てて、とん、と座っているあたりに触れた。

 ふ、と、急に楽になって、ガードレールから飛んで降りた。

「ありがとう」

 信じられない、と思いながら、少年にお礼を言った。

 早く家に帰ろう。

 笑顔で見送る少年に何度も手を振って、走り出した。

「なにしてんだ、風間」

 急に名前を呼ばれて、少年は振り返った。

 子犬のように大きな、好奇心に満ちた瞳を振り向かせる。

!」

 友人の姿を認めると、少年―――――風間稜人(かざま たかと)は満面の笑みを浮かべた。

「遅いじゃないかよ!俺20分も待ったぞ!」

 かと思うと、不満気に頬を膨らませる。

  辺りはだいぶ、夜の雰囲気を感じさせ始めている。

「誰も待ってろなんて言ってないね。帰りたけりゃ帰れ。」

 その友人である片桐憂(かたぎり ゆう)は、日本人離れした容貌をしかめ、それに似つかわしくない漆黒の細い髪を軽く振って、冷たく言い放つ。

 長めの前髪に隠れていた瞳が、街灯に照らされてほんの一瞬、ブルーブラックに煌いた。

「ひでぇ!今日は盆踊りだからみんなで行くって約束したじゃん!もうみんな待ってるのにおまえが来ないから、俺だけ迎えに来てやったんだぜ?」

「俺は行くとは一言も言ってないだろうが。おまえが勝手に迎えに来たんだろ」

 無表情な、憂の声。

「でも来たじゃん」

 対して風間は、勝ち誇ったように言った。

「たまたま気が向いただけだ」

「なんでもいいから早くいこうぜ」

 ため息を一つついて、みんな待ってるんだってば、と、走り出そうとする風間ごしに、憂は事故で変形したらしいガードレールをみつめた。

「なに?なんだよ憂?」

 不審気に首をかしげる風間に、憂は端正な口元を笑みに歪めて、小さく鼻を鳴らした。

「・・・・ずいぶんとおせっかいなマネをしてみたもんだな。」

 一瞬、風間がギクリとする。

「な・・・んの、ことだよ」

「とぼけるな。バレバレなんだよ」 

 憂が、あきれたように半眼になる。

「ひと月前の事故だろう?17歳の女子高生が、バイクでガードレールに突っ込んで死んだやつ。」

 淡々と言って、憂はひしゃげたガードレールを顎で示す。

「・・・・・だってかわいそうじゃないか?お盆に家に帰れないなんてさ」

 上目遣いに訴える風間に、憂は思い切りわざとらしくため息をついた。

「・・・おまえ、その調子で世界中の地縛霊を成仏させるつもりか?」

「そうじゃないけど」

「そうじゃないけど、せめて目に入る人たちには幸せになってほしいんだよ」

「・・・・・霊に幸せも何もあるかよ」

「あるさ」

「霊だって生きてるんだから」

「・・・は?」

 妙な顔をした憂に、風間はさっさと背を向けた。

「生きてるってことは、息をしてるってことじゃないんだ。」

 小さくささやいた声が、背後に立つ憂に聞こえたのか聞こえなかったのか。

「生きてるってことは、魂が、心がそこに存在してるってことなんだ。」

 今度は聞こえたはずの風間の声に、憂は返事を返さなかった。

「・・・・・行こうぜ。みんなが待ってる」

 走り出した風間のあとを、憂は黙ったままで追いかけて行った。

 遠くから、祭囃子が聞こえる。
















あとがき

ぷちシリーズ化してた産物(笑)
でもべつに繋がってないし長編じゃないのでこっちに。
あんまり深く考えないでくださいまし。

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